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仕事にやりがいは必要か?

 書店のビジネス書・自己啓発書コーナーへ行ってみると、「目標達成」「成功術」「成長」といった前向きな言葉がこれでもかというほど飛び込んでくる。そして筆者自身、こうした言葉を前にして素通りできない自分に気づくとき、「仕事にやりがいを感じなければ幸せにはなれない」と思いこみすぎているのかもしれないと不安になることがある。

 つい先日、『「やりがいのある仕事」という幻想』(朝日新聞出版/刊)を手に取った。この本の著者、森博嗣さんは『すべてがFになる』などのミステリー小説を生みだした人気作家であるとともに、数年前までは某国立大学工学部の助教授を務めていたという人物。そんな彼が、自身の人生観や仕事観にもとづき、「仕事にやりがいを求めるべきか?」という問いを考察しているのが本書だ。

 森さんは「まえがき」のなかで「仕事というものは、今どんな服を着ているのか、というのと同じくらい、人間の本質ではない」と述べている。そして、この言葉の裏には、彼の「働くという行為が、そんなに『偉い』ことだとは考えていない」というメッセージも込められている。

 ではなぜ、森さんがこのように考えるようになったのか。それは、彼の教え子たちの人生の歩み方と関係しているようだ。
 教え子の多くは、いわゆるエリートたち。一流企業に就職し、その後も、結婚、育児、マイホーム購入と、着実に人生の階段をのぼっていく人が大多数を占める。だが、そのような人生を送る人ほど「ある年齢になったときに相談に来る」ことが少なくないという。
 仕事は順調そのもの。プライベートでも、ローンはあるものの、お金に困っているわけではない。でも「何か違う」と思ってしまう。彼らはなぜ悩むのだろう。森さんは「いろいろなものに少しずつ縛られて、身動きできなくなっていたことに気づき、彼らは悩み始めたのではないか」と分析する。
 大学進学、就職、結婚といった人生の節目に「みんなが薦めるから」「みんなが凄いと言うから」「みんなが羨ましがるから」といった理由で人生選択してきたことや自ら自由を手放してしまったと気づき後悔するケースが多いのだ。

 その一方で森さんは、こんな例も紹介している。優秀だったにもかかわらず就職はせず、現在、1人で北海道の牧場を経営しているという、かつての教え子。学生時代からバイクが好きだったという彼。その働き方、生き方について森さんは以下のような描写をしている。

「どうして牧場なんだ?」と尋ねると、「いや、たまたまですよ」と答える。べつにその仕事が面白いとか、やりがいがあるという話はしない。ただ、会ったときに「毎日、どんなことをしているの?」と無理に聞き出せば、とにかくバイクの話になる。それを語る彼を見ていると、「ああ、この人は人生の楽しさを知っているな」とわかるのだ(P194より引用)。

 誰もが羨むエリート街道を突っ走り、仕事にやりがいを追求した挙げ句、「楽しくない…」と悩んでしまう人がいる。その一方で、エリート街道のような人生には見向きもせず、淡々と日々の生活を送った結果、人生の楽しさを謳歌する人がいる。このような事実を目の当たりにして、森さんは、前者を「人生の楽しさを分かっていない人」、後者を「人生の楽しさを分かっている人」と表現する。

 本書はあくまで、森さん個人の経験をベースに書かれている。読者によっては「偏りのある意見だ」と感じる部分もあるかもしれない。だが本書を通じて、「仕事にやりがいは必要か?」という根本的な問いに向き合ってみることで、新たな気づきを得られるかもしれない。
(新刊JP編集部)

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『「やりがいのある仕事」という幻想』(朝日新聞出版/刊)

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