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今、学ぶべき右手の失ったピアニストの不屈の精神

 左手だけでピアノを弾き、観客から拍手喝さいを受ける日本人ピアニストがいるのをご存知でしょうか。舘野泉さんです。

 1936年東京で生まれ、1964年からはフィンランド・ヘルシンキに在住。ピアニストとして世界各地で演奏をするも、2002年、彼に困難が襲いかかります。脳溢血です。
 デビュー40周年記念コンサートツアーの終盤、フィンランド第二の都市・タンペレでの公演の最中、舘野さんの右手は急に動かなくなり、舞台そでで床に崩れ落ちます。それから長いリハビリが始まりますが、舘野さんは意外にも前向きで、入院生活を面白がり、焦りもなかったそうです。
 あせらず、あきらめず、日常のことをゆっくり行い、日々の暮らしを楽しむ。舘野さんはそんなリハビリ生活を送り、復帰を果たします。

 『命の響』(集英社/刊)は、左手一本で人々の心を惹きつけるピアノを奏でる舘野さんが執筆した自伝です。78歳にして今もなお現役で活躍しており、2014年にはベルリン・フィルハーモニー・カンマークジールザールでリサイタルを行うほど。
 本書を読むと、舘野さんは困難と向き合いながら、人生を前向きに捉え、左手だけになったことでより深く音楽と向き合っているように感じられます。

■「左手だけ」が周囲の音楽家たちを変えた!
 右手を失った舘野さん。両手でピアノを弾くピアニストにとって、これは致命的なことです。しかし、舘野さんは右手を失ったことばかりにスポットライトを当てるのではなく、左手でどのような演奏ができるのか、挑戦をしようとします。例え右手が使えなくても、これまで演奏してきた音楽は自分の中に脈々と流れていて、これからも生き続きていくと考えたのです。

 復帰にあたり、舘野さんは左手だけで弾けるピアノ曲を探します。左手用の曲は500曲とも、1000曲とも、2600曲を超えるともいわれていますが、結局30曲ほどしか譜面は見つかりませんでした。
 そこで左手用のピアノ曲を新しく作ろうと、舘野さんは旧友や知り合いの作曲家たちに、作曲を依頼します。その依頼された一人で、東京藝術大学で同期だった末吉保雄さんは「左手の曲をつくり始めてすぐ、これまで経験したことのない自由を感じたよ」と言ったそうです。また、作曲家の吉松隆さんは「制約だと感じていたものが、むしろ自由であることに気づかされました」と述べています。舘野さんの挑戦は、周囲の音楽家たちの音楽観をも変えたのです。

■左手だけになって分かった「音楽の本質」
 また、もちろん舘野さんの演奏面においても変化をもたらします。左手だけで演奏するようになり、1本の手で一音一音対話をするように、そして丁寧に音をたぐりよせるように弾くようになったといいます。

 そこで感じたことが、両手で弾いていた自分が、いかに左手を粗末に扱ってきたかということでした。左手だけで弾くことで、両手で弾いていたときにはわからなかった「音楽の本質」が見えてくる。「新しい音楽の始まりだ」と舘野さんは言います。

 失うことはとても怖いことですが、失わなければ気づけないことがあります。そして実際に失ってしまったとき、失ったものをいつまでも嘆くのではなく、自分にできることは何かを考え、そこからどのように前を向いて、歩き出すか。
 舘野さんは、左手一本になってからが“本番”と思えるほど生き生きとしています。その裏には苦しいリハビリや、思い通りに体が動かない苦しみもあるはず。本書の舘野さんの言葉は、悩んでいる人、勇気が欲しい人、一歩踏み出そうとしている人…そんな人たちに生きる勇気を与えてくれることでしょう。
(新刊JP編集部)

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