寂しい時、悲しい時、不安な時、人は暗い闇の中をどこへどう進んでいいのかわからなくなる。そんな時、自分の中にしか見えない光を灯し、それが照らす道を進む。この灯火をノンフィクションライターの石井光太氏は「ちいさなかみさま」と名付けた。
『ちいさなかみさま』(石井光太/著、今日マチ子/イラスト、小学館/刊)は、石井氏が実際の市井の人々に取材をするなかで見つけた、それぞれの人々の心に宿る「ちいさなかみさま」を描いたショートストーリー。漫画雑誌『ビッグコミックスペリオール』で2年間連載した「ちいさなかみさま」を1冊にまとめて単行本化したものだ。
■女性が目撃した、ある公園の秘密とは?
東京都の世田谷区に、砧公園という大きな公園がある。いつも公園にはゴミが落ちておらず、人々がやさしい笑みを浮かべて挨拶をし、芝の香りがどこまでも広がっている。そんな公園の近くに住む彩加さんは朝6時半のジョギングとお昼に首がすわったばかりの子どもをバギーに乗せて散歩をするのが日課だった。
彩加さんは家でいつも夫にこう言っていた。「あの公園に行くと、人のやさしさに触れたような気持ちになるの。人のいない時だってそうなの。なんでなんだろうね」その理由に気がついたのは、公園に通うようになってから半年ほどした日だった。
その日、彩加さんは1歳の赤ちゃんを連れて遊びに来ていたが、赤ちゃんは買ったばかりの赤い靴を失くしてしまう。30分ほど探し歩いていると、桜の木の下に赤い靴が2足きちんと並べて置かれているのを見つけた。誰かが見つけて、丁寧に木の下に並べておいてくれたのだ。
それから何週間かした夏の日のこと。彩加さんはいつものように砧公園でジョギングをしていると、木陰で70代ぐらいのお年寄りの男性が1人で落し物のハンカチをビニール袋に入れて、木の枝にかけているのを見かけた。その男性は散歩ついでに見回りに来て、何か落ちているものがあれば見つけやすいところに置いておくのだという。ただし、1人で全部やっているのではなく、このハンカチも誰かが見つけて木にかけてあったのを、雨が降るといけないので、ビニール袋に入れて同じところに戻していたのだ。
ジョギングを再開すると無意識に木の下や枝を見た。すると、赤ちゃん用のよだれかけが木の枝にかけられてあったり、スーパーのビニール袋に野球のグローブが入って置かれていたりしていた。これまで気にかけていなかっただけで、たくさんの人たちが落とし物を拾い、持ち主が見つけやすいように、あるいは雨に濡れないように、目立つところに置いていたのだ。
彩加さんはこの公園に初めて来た時から人の温かみを感じたわけがわかった。目に留めていなかったが、知らず知らずのうちにそうした光景を通して人の親切さを感じていたのだった。
大きなことではなく、日常にあるちょっとした場面にも人の温かみが散りばめられている。本書に収められている全てのお話は本当にあったことだそうだ。石井氏本人であったり、周囲の人が実際に経験したりしたことが、つづられている。
人の優しさ、希望、温かみ…そういったものに今一度、気づかせてくれる一冊だ。
(新刊JP編集部)
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