電力の自由化によって民間企業が参入し、株主の利益のためにコストカットをした結果、停電が絶えない街。自由賃金制度によって最低賃金が撤廃され、時給125円で働く労働者たち。雇用の自由化で企業がいつでも労働者を解雇できるようになり、正社員という肩書が名ばかりになった社会…。
あなたならこんな社会で暮らしたいだろうか?
TPPへの参加の是非が大きな話題になっているが、これは人、物、金などの動きについての、国境を越えた大幅な規制緩和であり、今の世界経済で大きな潮流となっている「新自由主義」と「グローバリズム」の一環だといえる。しかし、この流れが実際に社会の隅々にまで及んだらどんなことが起こるのだろうか。
作家のさかき漣さんと、経済評論家の三橋貴明さんがタッグを組んで生まれた『顔のない独裁者 「自由革命」「新自由主義」との戦い』(PHP研究所/刊)は自由化とグローバリズムの波が行政や防衛、教育にまで及んだ日本を舞台にしたSF小説だが、この作品はただのフィクションという一言では片付けられない、強い示唆に満ちている。
201X年に起こった革命を戦い抜いた秋川進は、革命が成就し、新たな指導者“GK”の下で再出発した日本で国土交通省所属の官僚として働いていた。
すでに革命から5年が経過し、新しい日本は「聖域なき自由化」をスローガンに生まれ変わった姿を見せ始めていたが、進は革命を共に戦い、今は総理大臣を務める“GK”に疑問を持ち始める。
「聖域なき自由化」は社会の隅々に市場原理を行きわたらせた。これは水や電気といったライフラインだけでなくインフラや教育にも民間企業が参入し、自社の利益と投資家への配当金をいかに上昇させるかを目的として営業することを意味する。それは時に「安価に安定的に供給する」という従来の価値観よりも「コストカット」が優先されることになる。
それだけではない。
公共事業の入札も完全に自由競争となり、どんなに質の低い工事をする業者であっても最安価格を提示すれば落札できる。これでは公共事業の質は保ちようがなく、トンネルの崩落や道路の陥没が相次ぎ、国土はボロボロになってしまう。
雇用も同様だ。最低賃金は廃止され、企業側が労働者をいくらでも安く使えるようになり、解雇も自由。労働者の立場は圧倒的に弱くなり、一部の投資家と企業が潤うなら何をしてもいい状態になる。そして「自己責任」の名のもとに貧富は極端に二極化する。
革命は人々を幸せにしたのだろうか?自由化というのは国が体よく責任放棄をしただけではないのか?
この疑問は進の中でどんどん存在感を増していき、それに呼応するように事態はさらに悪化。そしてある決定的な出来事をきっかけに、進は“GK”と彼が統治する日本に反旗を翻す…。
この本で描かれている日本は、新自由主義とグローバリズムが極端な形で進行したケースのシミュレーションであり、考えうる最悪の日本の姿にすぎない。しかし、フィクションだとわかっていても、どこかで背筋に冷たいものを感じさせるリアリティを、さかきさんは、その描写と構成で見事に創り上げた。
現実としてグローバリズムに抗うのは不可能で、自由化は少しずつ進んでいる。この流れに日本は乗るのか、乗るとしたらどんな形でのるのか、また個人として未来にどのように備えるべきか。この作品はそれらを考える格好の材料となるだろう。
(新刊JP編集部)
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