5月15日に発売された、作家・古川日出男の新刊『南無ロックンロール二十一部経』(河出書房新社/刊)は500ページ以上にも及ぶ超大作であり、それぞれに全く異なる3つの物語が並行して進むという独特の構造を持つ。静かだが不穏な雰囲気を感じさせる冒頭から、圧巻のラストまで、読者を圧倒的な力で引っ張っていく傑作だ。
この巨大な物語はどのように構想され、編み上げられていったのか。前回に引き続き古川氏ご本人にお話を聞いた。
タイトルにあるように、この作品には「ロックンロール」が深くかかわり、作中ではロックンロールを媒介に20世紀の歴史が語り直される。しかし、なぜ21世紀の今、古川氏はこのようなことを試みたのだろうか。
「過去は変えられないとか、歴史は学校で習った通りだとみんな思っているけど、過去だってエディットし直せば、隠ぺいされていた歴史やなかったことにされている過去が見えてくる。この作品のなかの3つの物語のひとつに『20世紀』というパートがあって、ほとんど史実であるにもかかわらずフィクションのようなお話になった。このように過去や歴史が改編可能なんだから、未来は無限に選択可能なんだということを伝えたかった」(古川氏)
多くの人が通史的にしか触れていない歴史が、ロックンロールを切り口にすることでまったく別のものに見える。この手法で古川氏は20世紀の歴史を編み直したのである。
しかし、これだけの大作である。
入校前に3回も原稿に赤を入れ、改編し、ゲラになってからも作品に手を入れつづけるなど、この巨大な物語を完成させるまでの苦労は並大抵のものではなかったという。
「ただ、それでも一冊の本にするために、作品を制御しきった感じはする。荒馬に乗るようだったけど、なんとかゴールまで振り落とされずに済んだ」(古川氏)
また、古川氏はこの作品でもう一つの試みをしている。
自分自身の分身とも言えるキャラクターを登場させているのだ。このことについて、古川氏は、「小説に対して、作家は神様だと多くの人は思っている。でも、おそらくそれは間違いで、僕を通して作品が生まれるけど、全てを自分がコントロールしているわけではないし、自分がこれまでに聴いた音楽や読んだ本や、見た映像が自分を通過して出てきただけ。自分が小説を作ったわけじゃなくて、小説が自分を通過して出てきた、自分が小説に利用されているという感覚がある。それを見せるためには作家自身が作品に巻き込まれ、蹂躙されてみることが必要だと思った」とした。
このように試みに満ちた本作だが、決して難解ではなく、読者を置き去りにするような作品ではない。
「文章も物語も一切手抜きをせず、一見するとゴリゴリっぽいんだけれども、けれども絶対に誰でも読んで楽しんでもらえるようになっていると思う。そここそが、正直言っていちばん苦労したところです。15年作家を続けてきたからこそ、経験値をフルに活かして乗り切ったという気がする」(古川氏)
自身のデビュー15周年後最初の作品となる『南無ロックンロール二十一部経』。
手に取った人には、これまで読んだどの本よりも強烈な読書体験が待っているはずだ。
(新刊JP編集部)
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