数年前から、外国資本による日本の水資源の買収が相次いでいることが話題になっているが、その事態は深刻化しているという。
これまで日本の水問題について執筆活動を行ってきたジャーナリスト、橋本淳司氏の新刊となる『日本の地下水が危ない』(幻冬舎/刊)は、水資源をめぐる諸外国の動きや、日本が水問題に対してどのように取り組んでいるのか、そして今の課題について迫っている一冊だ。
新刊JPニュースでは今回、橋本氏に対して、本書の内容を中心に自治体が地下水の危機に対しどう取り組めば良いのか、報道の裏で一体何が起きているのかについて質問することができた。今回お送りするインタビューの後半では、今後の地下水をめぐる争いについてお話をうかがった。
(新刊JP編集部)
◇ ◇ ◇
―では、日本の地下水や水源の保護に対して、国や自治体はどのような対策を講じようとしているのですか? また、様々な利害関係が発生するかと思いますが、そういった問題をどう乗り越えようとしているのでしょうか。
「地下水を「私のもの」ではなく「公のもの」とすることでしょう。地下水を地域の共有財産とし、届け出や許可がなければ利用できないような仕組みが必要です。
この点で、宙に浮いている法案が2つあります。
1つは、自民党の高市早苗衆院議員が中心となってまとめた「地下水規制法案」。地下水を「公共の利益に最大限に沿うように利用されるべき資源」とし、国土交通相が規制地域を定め、保全に必要な場合に地下水取水の禁止や制限ができるというものです。
もう1つは、水循環基本法です。当初の法案では、地表水だけでなく地下水、海水などをすべて「公水」と定義し、「水循環庁」をヘッドとして、流域自治体が統合的管理することが目的でした。しかし、地下水を大量に使う産業界の反発、所管法令との整合性を理由に疑義を唱える各省庁、さらには民主各部門会議からも異論が相次ぎ、強制力を強めた水の統合管理を目的とした法案を断念しました。
国が手をこまねいているのにしびれを切らした自治体は独自に条例整備をはじめました。条例は大きく3タイプに分けられます。①土地取引の「見える化」をねらったもの、②地下水の取水を届出制あるいは許可制にするもの、③地下水かん養をうながすもの。これらが単独、あるいは組み合わせてつくられています。
「国の動きは待てない」と独自に一歩を踏み出した自治体がある一方で、国の顔色をうかがいながら、動きのとれない自治体もあります。条例を自分たちでつくるよりは、国の法整備を待っているのです。
自治体の担当者を悩ます問題が3つあります。1つ目は、条例が適正かどうか。不当な条例をつくって、行政訴訟などのトラブルが起きるのは避けたいのが本音です。2つ目は、自治体内が必ずしも一枚岩でないこと。地下水保全を第一に考えるグループがある一方で、地下水を資源として販売したいグループがあります。3つ目は自治体と自治体の調整。たとえば県条例と市町村条例がある場合にどう整合性をとるか、近隣自治体と考え方が違う場合にどう調整をつけるかなどに頭を悩ませています。
なかでも1つ目の「条例が適正かどうか」は大きな問題です。「いきすぎた規制をつくって行政訴訟になるのがいちばん怖い」という自治体の担当者は多いですし、なかには、「どこかの自治体が訴えられればいい。最高裁判決が出れば、ここまでの規制は白、それ以上は黒とわかる。いまはすべてグレーゾーンなので、どうしていいかわからない」という声もあります。毒味は自分でしたくないというのが本音でしょう」
―今後対策を講じようと考えている自治体に求められていることは何だと思いますか?
「地下水保全の条例は、地下水盆、地下水脈を共有する自治体連合で1つのルールをつくるのが望ましい。地下水は市町村境を越えて流れるからです。ここでのポイントは、地下水を保全したい自治体がある一方、水を販売したり、飲料メーカーを誘致して税収を確保したいという自治体があることです。長野県では、松本、安曇野、大町、塩尻の4市が、地下水の保全について連合体をつくって検討していますが、4市の足並みが揃っているわけではありません。地下水保全を掲げる安曇野市、地下水利用したい大町市と方向性に明らかな違いがあります。今後、長野県が調整しなくてはならないでしょう」
―本書では地下水の保全に対して、日本の伝統的な農業(稲作)の重要性を指摘しています。この本を読むまで、田んぼが地下水のかん養に密接に結びついているとは思いませんでしたが、こうした事実を知らない人も多いのではないでしょうか。
「熊本では「ごはん1杯、地下水1500リットル」と言われます。これは、ごはん1杯分の米を育てる間に、田んぼから地下にしみ込む水が1500リットルあるということです。
田んぼに張った水は少しずつ地下にしみ込みます。しみ込む量は土壌によって違いますが、平均的には1日2センチ程度。1ヘクタール(100メートル×100メートル)当たり200トンの水が地下にしみ込んでいきます。稲作期間を100日と考えると、1ヘクタール当たり2万トンの水が地下へしみこんでいきます。
日本は減反政策によって田んぼを減らしてきましたが、田んぼの面積が減るということは、地下水が減るということです。
1969年には317万ヘクタールの田んぼがあったということは、1年間に地下にしみ込んだ水は634億トン。それが2011年は157万ヘクタールに減っているので1年間に地下にしみ込んでいる水も314億トンと、320億トン減ったことになります。失われた地下水320億トンの水を、仮に1リットル100円のペットボトル水として売ったとすると3200兆円です。3200兆円が減反政策によって消えたといえるのかもしれません。
田んぼをコメを生産する場とだけとらえるのは間違いです。森と同じように、地域に水を涵養する共有財産なのです」
―近い将来の地球の水源をめぐる争いはどう変化していくと思いますか? また、自国の地下水を守るために私たちに何ができるのでしょうか。
「人口増加にともない水需要は今後ますます増えるでしょう。とりわけ食糧生産する水が不足します。マギル大学ブレース・センターで水資源マネジメント研究に従事する研究者たちは、2025年の世界の食料需要予測に基づき、食料生産を増やすためには2000km3の灌漑用水が必要と試算しました。これは、ナイル川の平均流量の24倍です。
また現在の水使用パターンを前程とすると、2050年の世界人口が必要とする水の量は、年間3800km3になる。これは現在、地球上で取水可能とされている淡水量に匹敵します。つまり人間だけが地球の淡水を独占しないととてもやっていけないというわけです。
こうしたなかで水の問題はますます深刻になるでしょう。
解決方法は、地理的条件、環境などによって変わりますが、日本の場合、降った雨を地下水として地中に蓄えることが重要になります。
その点で気になるのが、コメの消費量が下がっていることです。総務省の家計調査で2011年の1世帯当たりのコメの消費額が、パンに追い越されました。コメを食べなくなった、しわ寄せは農家を直撃します。農家はコメ作りをやめ、田んぼは減っていく。それが日本の地下水を減らすことにつながります。もう1つ重要なのは、日本の食料自給率は約4割で、残りの6割は海外からの輸入に頼っていることです。農産物をはじめとする食料生産には大量の水が必要で、食料を輸入するということは、本来国内で生産していれば必要とされる大量の水を、食料を輸出している他国で消費していることになります。日本国内での水の消費を肩代わりしてもらっている。パン(小麦)は多くを輸入に頼っているが、小麦を育てるために枯れてしまった地下水がいくつもある。パンを選んだことで、2つの地域の地下水を減らしてしまったといえるでしょう。地球の海水面の上昇はなぜ起きたのか。理由はいくつかある。よく知られているのは、温暖化によって氷が融けたこと、海水が温まって膨張したこと。それ以外にもう1つ理由があるのです。それは人間が陸の水を過剰に汲み上げ、海に流したこと。日本が小麦を輸入しているアメリカ中西部の穀倉地帯から汲み上げられた地下水は、地球の海水面を1ミリ上げたといわれています」
―『日本の地下水が危ない』を通して、どのようなことを読者の皆さまに伝えたいと考えていますか?
「本書では、水源地をめぐるさまざまな動きをレポートしています。この問題はメディアでは「外国資本の水源地買収」という見方でしか報道されません。ですが、あなたの生活に大きく影響する別の問題が起きています。水の問題は、生活の問題です。なくなったり、汚れたりすると、生活の基盤が崩れてしまいます。私たちの生活を守るという意味でも、ここに書いたことを多くの人に知ってもらいたい。求められるのは、「水は自分たちで確保しなくてはいけない」「水は自分たちで保全しなくてはいけない」という住民の強い思いであり、それが外国資本や企業によって水が収奪されることへの備えになります。水が抱える問題の奥深さは、法律や規制だけではどうにもならないのです」
(了)
■橋本淳司さんプロフィール
ジャーナリスト、アクアスフィア代表。1967年群馬県館林市生まれ。1990年学習院大学卒業後、出版社勤務を経て独立。国内外の水問題とその解決方法を取材。水を通して社会を見つめるコンテンツを発信。同時に、国や地方自治体への水政策提言、子どもたちや一般市民の方を対象としたわかりやすい水の講演活動も行う。現在、東京学芸大学客員准教授、参議院第一特別調査室客員調査員など。週刊「水」ニュース・レポートを発行中。
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