現在の地球上でもっとも発展し、栄えている動物は、いうまでもなく人間だ。
そして知っての通り、人間が地上の主役になる以前、隕石の衝突によって絶滅するまでこの座にいたのは恐竜である。
ちょっとした疑問を感じたことはないだろうか?もしこの隕石がなかったら、人間はここまで進化し、文明を発展させることができたのだろうか?もしかしたら、まだ恐竜の時代だったのではないだろうか?そして、猿が人に進化したように、恐竜もまた私たちがよく知る形から、もっと環境に適応した外見・生態に進化したのではないだろうか?
この疑問を考えるカギになるのが『生命の歴史は繰り返すのか?―進化の偶然と必然のナゾに実験で挑む』(Jonathan B. Losos著、的場知之訳、化学同人刊)のテーマとなっている「収斂進化」という言葉だ。これは類縁関係が遠い生物同士でも、生息環境が似ていると似たような特徴を進化させることをさす。
たとえば、ほ乳類であるモグラと昆虫であるケラは、ともに丈夫な前足と爪状の突起があり、動かし方も似ている。これは両者ともにたまたま土に穴を掘る必要があったことから、偶然同じような形の前足を獲得したということなのだろうか?それとも何か必然的な理由があったのだろうか?
同じような収斂進化の例は、モグラとケラに見られる体の部位の類似にとどまらない。形状や働きなど、自然界には起源は違うのに、生息環境が似ていたおかげで、同じように進化した例が数知れずある。人間も例外ではない。
母乳を消化するために、ほ乳類の子どもはラクターゼという酵素を生成する遺伝子を持っているが、離乳したタイミングでこの機能は不要になるため、ラクターゼを作る遺伝子は機能を停止する。これが「牛乳を飲むと下痢をする」という現象の正体である。
一方で、乳製品をとってもお腹を下さない人もいる。ちなみに、離乳後もお腹を下さずに乳を飲み続けられるのはほ乳類では人間だけ、しかも一部の人間だけなのだそうだ。この「大人になってから乳製品をとってもお腹をくださない一部の人」こそが収斂進化の例である。
過去数千年の間に、世界のいくつかの地域(東アフリカ、中東、北ヨーロッパ)のヒト集団が牛を飼うようになった。彼らはそれぞれ別のヒト集団であり、牛を飼うという行為が東アフリカから中東に伝わった、というようなことはない。
一方で、どの地域のヒト集団にも、先述のラクターゼを作る遺伝子が離乳して以降も「OFF」にならず、生涯スイッチが入ったままの人がいる。つまり、別々のヒト集団の中でそれぞれに「生涯ラクターゼを作り続ける」という同じ適応能力を獲得する人が現れたのだ。これも一つの収斂進化だといえる。
◇
ある環境に適応するための進化の解は一つなのか、それとも複数あり、今存在する生物はたまたまそのうちの一つを選び取ったのだろうか。
本書で紹介されている収斂進化の例はこんな疑問をなげかけてくる。もし前者であるならば、隕石の衝突がなく、恐竜がその後も生き延びていたとしたら、今日人間がもつ特徴のいくつかを恐竜の子孫が獲得していたのではないか、という考察も成立しよう。さらにはもし宇宙のどこかに生命体がいたとしたら、生命が維持できる環境が限られている以上、彼らの姿は地球の私たちにある程度似ているのではないか......。
正解のない空想ではあるが、普段は考えもしないことを考えさせてくれる一冊である。
(新刊JP編集部)
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