皆さんは戸籍を持たない人々が日本にいる事を知っていますか?
一説によると日本の無戸籍者の人数はおおよそ1万人以上と推定されるそうです。
戸籍を持っている人にとっては当たり前すぎて忘れられがちなこの戸籍制度、日本で生まれた日本人はほぼ自動的に戸籍を取得するものだと信じて疑わなかった人も多いでしょう。
この度始まった新番組『矢島雅弘の「本が好きっ!」』では、この無戸籍問題に長年携わり、無戸籍者への支援活動をしている井戸まさえさんにインタビューを試みました。
井戸さんはこれまでに1000人以上の無戸籍者とそのご家族の方への相談・支援活動をしてきました。その経験によれば、実は当の無戸籍者自身も、同じように無戸籍の人々が世の中にたくさんいることを知らず、自身の無戸籍問題について解決の糸口を見出せずにいるケースが多いといいます。
無戸籍であるということは、当然ながら多くの行政サービスを受けることができません。具体的には、赤ん坊の乳幼児の頃の定期健診をはじめ、義務教育、住民票への登録、社会保障制度などです。
各個別の制度については、少々複雑な手続きをすれば無戸籍者でも受けることが可能なのですが、井戸さんの見てきた無戸籍者の中には、これらのサービスを全く受けていない方もいるとのこと。
では、なぜこのような無戸籍問題が起きてしまうのでしょうか?
井戸さんは『無戸籍の日本人』(集英社/刊)の中で5つのケースを挙げていますが、インタビューでは「民法772条、いわゆる離婚後300日問題が原因となるケース」と「親の貧困などの事由により出生届けが提出できなかったケース」の2つを教えてくれました。
「離婚後300日問題」は、井戸さん自身も該当したケースです。井戸さんは前夫と離婚後、現夫との間に第4子をもうけましたが、この第4子の誕生日が、前夫との離婚が成立してから265日後であったため、出生届の父親欄に現夫の名前を書くことができず、前夫の名前を書くように役所から指示されたそうです。
これは前述の民法772条の規定により「婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。」と定められているため、事実上、国から「その子の父親は前夫である」と親子関係を決められてしまった事になります。
当然、井戸さんは抗議し、約1年の係争を経て、第4子を現夫の子と認めさせ、戸籍を取得する事ができたといいます。
しかしながら、無戸籍者の中には同様のケースでも、前夫の激しいDVのため、係争そのものをためらってしまい、仕方なく無戸籍のままでいる場合などがあるそうです。
この問題について、井戸さんは「子どもの親は国が決めるとすら言われた事がある。現行の法律は現代の婚姻・出産事情に適したものではない」と述べ、無戸籍者への支援と同時に、法改正に向けた活動もしていると語ってくれました。
『無戸籍の日本人』では、成人無戸籍者たちの実態と、法改正へ向けての活動を、井戸さんの視点で詳細に記しています。
中でも特筆すべきは、同書はこの無戸籍問題を「一人の生きている人間の問題」として感じることができる一冊となっていることです。
インタビュー中、個々の無戸籍者を語る際の井戸さんの眼は、一人の子どもの将来を憂う母親のような慈しみと現行制度への憤慨が混じっているように見えました。
近年、注目されつつある無戸籍問題。この問題をより深く、より現実的なこととして捉えるために、是非、同書およびインタビューをご参照頂ければと思います。
(文/ブックナビゲーター・矢島雅弘)
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【矢島雅弘の「本が好きっ!」】
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