今、“モノの価値”への考え方を揺さぶる一冊の本が注目を集めている。
『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』(佐々木典士/著、ワニブックス/刊)は日本人ミニマリストが実際に実践している“モノを減らす生活”のすべてを書きつづった一冊だ。部屋からモノをなくした後に何があるのか、好きなモノさえも手放したときに人は何を考えるのか、溢れ返るモノに囲まれて生きている読者の価値観を一気に変えるような内容となっている。
今回、新刊JP編集部は、発売即重版となり、ミニマリストではない読者からも支持を受けているという本書について、著者の佐々木典士さんにインタビューを敢行した。昨日配信した前編に引き続き、後編をお送りする。
(新刊JP編集部/金井元貴)
◇ ◇ ◇
――将来のことが考えられないって、どういうことなんですか(笑)?
佐々木:これだけモノが少なくしてみると、必要最低限だけで生きていけると思えるんです。ミニマルライフコストというんですけど、一度自分が生きていくのに最低限必要な金額を把握してみるのは有効です。広い家が必要なくなるので、家賃も下がるし、家電がないと光熱費だって下がります。今あるモノで充分だから、いざとなったら必要以上に稼がなくても大丈夫。逆にモノが多いと、これらを守らないといけないと考えてしまいますよね。今の仕事がなくなってしまったら守っていけなくなるとか。そして、将来のことを考えて不安になってしまう。でも、今は失うモノがないですから、あまり先のことを考えなくなるんですよ。
――将来に対する不安がかき消されていくんですね。
佐々木:「かつて」大事だったモノ=過去と、「いつか」使うかもというモノ=未来。過去と未来のことを考えるのが、モノを減らすときには大敵なんですよね。残すモノの基準は「今」必要かどうか。モノを何千個と捨てるたびに、そんな風に「今」を問いかけてきました。すると不思議と今を生きることにフォーカスしたんです。だから、過去にあったことの後悔なんかもあまり思い出したりしないようになりました。過去にも未来にもなぜかピントが全然あわなくなってしまった。もう今しかない感じですね。以前は、将来のことで、結婚して式に300万円かかって、子どもが1人生まれたら、養育費は2000万円か…とか毎日ごちゃごちゃ考えていましたから。未来や過去のことばっかり考えて、いちばん大事な今を台無しにしていました。
――また、この本を読んでいて、いろいろなデータをデジタルで一元管理するということも大事だと思いました。
佐々木:資料はすべてスキャンしたり、カメラで撮影したりして、紙に残さないようにしています。今、ぼくのデスクの上には何も無いですよ。
――編集者というとデスクの上に本が積み重なっている人が多いですよね。
佐々木:そうなんですよね。でも、ぼくのデスクだけ、明日退職する人のようにきれいなんです(笑)。家だと保証書や説明書の類もすべて捨てています。保証書はこれまで使ったことがないですし、説明書はウェブ上からダウンロードできるようになっていることが多いですから。スケジュールもスマートフォンで管理しています。
■ミニマリストを志したきっかけとは?
――そもそも佐々木さんがミニマリストを志したきっかけはなんだったのですか?
佐々木:写真集のロケでクロアチアのコルチュラという小さな島に行ったときに、雨が続いていてしばらくホテルに閉じこもっていたんです。ホテルも質素で何もなくて。そのときの状況を、一緒にサイトをやっていたフォトグラファーの沼畑直樹さんが「ミニマリストみたいな生活だな」と思ったらしく、そのことを(サイトに)書いていたんですよ。それでぼくがミニマリストに興味を持って調べてみたら、アンドリュー・ハイドという15個しかモノを持っていない人物のエピソードが出てきて、「なんだこの人は」と。その自由さ、身軽さに衝撃を受けました。
――ミニマリストという言葉は、日本でも少しずつ聞かれるようになってきていますが、海外では多いのでしょうか。
佐々木:この本でもよく引き合いに出してしますが、スティーブ・ジョブズはまさにミニマリスト的な生き方をしましたよね。ある程度以上、豊かになった先進国では、モノに溢れている世の中が嫌になって、それらを減らそうという動きが結構あるみたいです。アメリカはもちろん、ヨーロッパにもミニマリストはいます。
――日本では最近ですと、「断捨離」が流行しましたよね。ミニマリストとの違いはどこにあるのでしょうか。
佐々木:大きな考えの違いというのはないですし、ミニマリストの方も捨てたことを「断捨離した」と今でも言いますからね。断捨離ブームのときに、ぼくもモノをたくさん減らせました。ただ、違うのは、スマホの普及や、先にもあげたitunes store、電子書籍、ネットのレンタルなど断捨離ブームが起こった頃からすると、モノを減らせるためのモノやサービスは劇的に増えました。モノは少なければいいというわけではありませんが、かなりのモノがデジタルに置き換わったり、借りたりできるようになりましたよね。今の時代だったからこそ、ぼくはミニマルにできたのだと思います。一度ミニマルにしてみると、未来への不安も消えたし、持っている人と比べて自分がみじめだと思うこともなくなった。自分が今持っているモノに感謝する習慣もできました。ぼくの部屋は極端にモノが少ないですが、そうすると断捨離の効果がよりくっきりとわかります。ただモノを減らすことから始まって、こんなに自分が変わるとは思ってもいませんでした。ぼくにとっては好きなモノさえ手放したり、「最小限にすること」で気づけたものが本当に多かったんですね。
――ここからは執筆にまつわるお話を少しお聞きしたいのですが、佐々木さんは実は本書の出版元であるワニブックスの副編集長なんですよね。日々忙しい編集者が本を書いて出版するというのはとても大変そうです。
佐々木:執筆は確かに大変でしたね。普段の仕事と並行しながら、それとは真逆のことをやらなくてはならなかったので。。。深夜ファミレスで原稿を書きながら「これで大丈夫だろうか?」などと不安に思っていたので、これからは著者の方の孤独な気持ちが、これからはよくわかりそうです(笑)。書き上げるまでに1年間くらいかかっていますけれど、実際はずっと素材を集める準備をしていて、ラスト2ヶ月くらいで一気に書きました。とにかくこの本を広めたかったので、頂いているお給料だけで今回は書きました。その分、価格もおさえられましたし、増刷分の印税もすべて寄付することにしています。
――佐々木さんが影響を受けた本を一冊ご紹介していただきたいのですが、いかがでしょうか。
佐々木:『恐れと真実の対話 生命の取扱説明書』という本です。トム・シャドヤックというアメリカの映画監督が書いています。「エース・ベンチュラ」、「ブルース・オールマイティ」などジム・キャリーとよく一緒に仕事をしていて、大ヒットを連発した映画監督ですね。
このシャドヤックはミニマリストではないんですが、本当に変な人で、100億円はあっただろうかという財産を処分したんですよね。、プライベートジェットを手放して自転車で移動するようになったり、大豪邸を売ってトレーラーハウスに住むようになったり、断捨離した金額で言えば世界一かも知れません(笑)。ふつうは大豪邸や、ジェット機なんて、誰もが憧れるじゃないですか。でもそれを捨てたうえで、彼は幸せになったと言う。全部を捨てて、それでも「幸せ」はどういうことなのか? でも、自分の本を書き上げてからシャドヤックの考えにすごく共感できるようになりました。今では大豪邸なんかタダでもいらないですよ。
――では最後に、この『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』をどんな方に読んでほしいとお考えですか?
佐々木:すごく好評をいただいていまして、最初はミニマリストに興味のある皆さんに読んで頂いて、そこから広がればいいなと思っていたのですが、いきなりそれ以外の人にもたくさん読んで頂いてます。モノを減らしたいという人にとってはもちろんヒントになりますし、たくさん持たざるを得ない状況の人でも、モノとの付き合い方のヒントが得られるかと思います。。
一人暮らしの人だけでなく、お子さんがいる人でもそれぞれのミニマリズムは実践できます。50代の女性2人の子持ちというようなぼくと全然違う立場の方から、熱い感想をよく頂くんです。この間嬉しかったのは、オタクの方から感想を頂きまして。自分はオタクで、モノも減らしづらいけど、すっきりしたい暮らしもしたい。だから本当に大好きな作品以外は減らしてみますって。本当に嬉しかったですね。そういう風に意外と幅広い層に刺さる本ですし、ミニマリストに憧れなんてなくても、興味を持って頂ける本だと思っています。どんな人でもモノとは関わらざるを得ないですからね。
(了)
■佐々木典士さんプロフィール
編集者/ミニマリスト
1979年生まれ。香川県出身。早稲田大学教育学部卒。出版社のみを志望し、3年間就活をする。学研『BOMB』編集部、INFASパブリケーションズ『STUDIO VOICE』編集部を経て、現在はワニブックスに勤務。2014年クリエイティブディレクターの沼畑直樹とともに、ミニマリズムについて記すサイト「ミニマル&イズムless is future」を開設。本書が初の著書。
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