生きていると、人に怒りや憎しみを持たざるをえない出来事に出くわす。おそらくほとんどの人は、その怒りや憎しみは時とともに忘れてしまったり、薄れていくものだろう。しかし、そうでないものもある。
「何があっても絶対に許せないほどの怒り」はその人が人生を発展させるのをさまたげる。その気持ちがどんなに強くても、自分の人生のことを考えるならどこかで折り合いをつけるべきなのだ。
このような怒りの感情を他人に対して抱いた時、人はその感情とどう向き合っていくべきか。あるいはそのような深い怒りを他人に抱かせることをしてしまった時、私たちはその事実とどう向き合えばいいのか。
『なんでもたべるかいじゅう』(北まくら著、幻冬舎刊)は「怒り」と「許し」をテーマに据えた寓話である。宇宙の片隅にある惑星「ペントン」では、いろいろな生き物が集まり、平和に暮らしていた。その一人がかいじゅうの「ブギー」。体が大きく、おおらかで優しい心を持っているブギーはみんなに慕われていた。
中でもエイミーという友達は、ブギーによくなつき、いつも一緒に遊んでいたのだが、これをおもしろく思わなかったのがブギーの弟のムンゴだった。いじめっ子として嫌われていたムンゴは、ブギーがみんなに好かれていることが不愉快だった。つまりは兄に嫉妬していたのだ。
ムンゴはある時、兄弟で分け合ってたべるようにとエイミーが届けた木の実を独り占めし、それを注意したエイミーを追いかけまわし、崖から転落させてしまう。そのことを知ったブギーは怒り狂い、ムンゴとの激しい兄弟げんかの末にムンゴを食べてしまった。その夜、ブギーはエイミーの形見のカゴを抱いて泣いた。
しかし、そのカゴを持っていたことでブギーはエイミーを殺したのではないかと疑われ、村人たちから攻撃を受ける。次々に物が投げつけられるなか、ブギーを救おうと飛び出した一匹の生き物がいた。「ブギー、死なないで」と寄り添うのは、ほかならぬエイミーだった。エイミーは崖から転落し、傷だらけになりながらも生きていたのである。
一見落着、と思いきや、ブギーのそばにやってきたエイミーに気づかない村人もいた。彼はブギーに石を投げつけ、それはあろうことかエイミーに当たり、エイミーは絶命してしまう。
かいじゅうブギーは、
村を壊しました。
村の生きものたちを食べました。(中略)
自由を食べました。
絆を食べました。
平和を食べました。
命を食べました。
愛を食べました。(『なんでもたべるかいじゅう』より)
濡れ衣を着せられ、挙句の果てに大事な友達を殺された悲しみと怒りがブギーを怪物に変えた。あらゆるものを破壊し尽くすブギー。ブギーが自分のやったことに気づいた時、ペントンはすでに生物のいない砂漠の星となっていた。
エイミーを殺した者たちを許せず、そして自分のことも許せないまま生命のいない荒野をさすらうブギーは、いつしか小さな川にたどりつく。そこには一輪の花が咲いていた。
ブギーはこの花との交流を通して「他人を許すこと」そして「自分を許すこと」について考えていく。怒りや不寛容がうずまく世界を穏やかにできるのは許すことだけだ。
自分の裡に生まれたどす黒い感情とどう向き合い、整理して受け入れるか。
罪を犯した人をどのように許すか。
罪を犯した人は一生罪悪感を背負わないといけないのか。
個人にも社会にも深い問いを提示する物語である。
(新刊JP編集部)
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