本を知る。本で知る。

朝日新聞の先輩記者は、挫折して辞める後輩に何ができるのか?

PR
 難関大学を出て、狭き門をくぐり抜けて採用され、夢を持って入社したはずの新人記者が、志半ばに辞めていく。なぜか?
「たとえ辞めても、彼らは行き場がないわけではない。優秀だから、ある意味、何でもやれる。朝日の記者をやっていましたと言えば、何とかなる」
 本書の著者、朝日新聞郡山支局長の西村隆次は、そう考える。
「悪く言えば、その程度の覚悟で入ってきた」

 だが西村自身も、28年前に朝日に入社したばかりのころは何度も辞めようと思った。深夜、早朝まで先輩と飲まざるを得ない環境で、毎朝6時に起きてのサツ回り。犯罪被害者の自宅に行っての、号泣する遺族への心境の取材、被害者写真の入手。
「何か、社会の役に立ちたいと思って記者になったが、ときに、この仕事は、人の不幸に塩を塗りこむものでは」との疑いも持った。
「肉体的、精神的、そして知的に限界を感じた」のも、このころだった。

 西村によれば、ジャーナリスト学校で記者に対して行ったアンケートでは、新人記者の悩みは、およそ3点に絞られるという。一つは、サツ回りが嫌になること。次は、街ダネが拾えないこと。そして、社内(支局内)の人間関係がうまくいかないこと。
 あえて志願して、新人教育に関わってきたという西村は、こう分析する。
「新聞社という特殊な職場では、一般企業の研修がそのままは使えない。優秀な記者は数多くいるが、優秀な者ほどスタンドプレーになりがちで、えてして後輩の面倒見はよくない。大学でジャーナリズムを教える教授と、現場で活躍する優秀な記者は、あまり仲が良くない。結果、OJT(On-the-Job Training)も充実しない環境で、記者は、基本も知らずに現場に放り出される」

 前途のある記者が、記者の醍醐味も知らぬまま辞めていくのが残念、と言う西村だが、辞めた方がいい記者はなかなか辞めないとも......。

 有望な新人記者に、少しでも「記者の勘所」を伝えられないかと、こつこと書き溜めてきたのが、本書、『報道記者のための取材基礎ハンドブック』だ。

 街ダネの見つけ方、読者と記者との「思考の逆構造」、連想の進め方、発想や着眼、資料整理......とテーマを広げ、論理思考(ロジカルシンキング)にも触れた。間違った情報、隠れた前提、論理の飛躍から、ルールとケースのミスマッチ、軽率な一般化、不適切なサンプリング、第3因子の見落としなど、陥りがちな「落とし穴」について例をあげながら解説し、さらに、ピラミッド型論理構造について話を進めていく。
 基礎の「き」を目指したというだけあって、どの項目もわかりやすく、自分の学ぶべきテーマの「入り口」が見つけやすい。

 ところが西村が若い人に本書で最も読んでほしいのは、「棚卸し=心の維持」の項目なのだという。
 一般的には、棚卸しとは、商品を取り出して在庫状況を確認し価格評価につなげることを指すが、ここでは、それを自分自身に行う。つまり、「自分自身を、棚卸しせよ」というのだ。

 この棚卸しによって、「おおげさにいえば、自分という人格が崩れてしまうほどの感覚に襲われる」(P166)と西村は表現する。
 だがそのことによって、学生時代の「自己分析」を、職業人としての「自己概念」へ向かわせることが可能になり、さらに、「自己認識」を「自己効力」へ発展させる、と本書は展開していく。

 ちなみに僕にとって抜群に面白かったのは、第11回のデスク篇だった。こういうユニークで勇ましい記者が書いてくれなければ、なかなか読めないシロモノでもある。

 デスクは原稿の採否を決める。ここを通過しなれば記事にならない。ならばこそ、デスクとどう信頼関係を築くかは、記者にとって大きな課題となる。
「唐突に何を言うんだ、こいつ」
「これじゃ、まるでオメーの趣味じゃねえか」
「原稿で出せ、こんなメモばかり見せて、どうしろって言うんだ」
 本書には、こんな生々しいデスクの言葉も紹介される。

 では、罵倒され続け、悩む記者は、どうしたらいいのか?
そんなときには、西村流の「デスクとのやりとりの鉄則」(P140)が、何か役立つに違いない。

 では、デスクの方が、自分よりもアホだと思いはじめたら......
 本書には、「優秀なデスクとは何か」も書かれている。西村なりにまとめたという、「優秀な総局デスクの特徴」(P141)を読んでみよう。

 もしかしたら、そのデスクの優秀さも、見えるかもしれない。

本文敬称略

『報道記者のための取材基礎ハンドブック』
著者/西村隆次(にしむら・たかつぐ)
1958年、京都市生まれ。富山、福島支局次長、北埼玉支局長、人材開発室研修幹事、ジャーナリスト学校主任研究員、CSR推進部次長をへて、現在、郡山支局長。


●書籍名/報道記者のための取材基礎ハンドブック●著者/西村隆次●ページ数/208ページ●価格/1,365円(税込)●発売/2012年10月31日●出版元/リーダーズノート出版●ISBN/978-4-903722-47-4

オンライン書店で詳しく見る(購入もできます)

リーダーズノート出版

『どこかに「毒」がなくてはつまらない。どこかに「蜜」がなくては諭しめない。どこかに「骨」がなくては意味がない』それらを自らのレーゾンデートルと位置付け、精力的に出版活動を行っている出版社。

記事一覧 公式サイト

リーダーズノート出版の一覧

一覧をみる

書籍アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

漫画アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!

広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?